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福岡地方裁判所 昭和61年(ヨ)1068号 決定

債権者

井上雅義

右代理人弁護士

杉原弘幸

債務者

博多自動車有限会社

右代表者代表取締役

吉嗣正喜

右代理人弁護士

津田聰夫

主文

一  債権者が債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し金三〇〇万円を仮に支払え。

三  債権者のその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  債務者は債権者に対し金七〇八万六一一六円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

債権者の申請を却下する。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者は一般旅客運送(いわゆるタクシー)を業とする会社であり、債権者は、昭和三三年九月乗務員として債務者に雇傭され、博多自動車労働組合(後にはかたタクシー労働組合と改称。以下単に「組合」という。)の執行委員、副委員長、書記長を経て、同五〇年から五九年一〇月まで組合執行委員長の地位にあった。

2  債務者は、昭和四六年六月、手形不渡を出して事実上倒産した。このため組合は、債務者経営陣とともに再建対策委員会を組織して運賃収入の管理等にあたり、さらに同五一年九月からは組合の主導する事業管理委員会を通じて債務者の経営全般を管理してきた。

3  組合は、昭和五三年一〇月以降、債務者代表取締役の承認の下に、債務者の企業運営を全面的に自主管理する運営委員会を組織して、その運営を債権者に一任することとした。爾後、債権者は、同五九年一〇月に組合執行委員長の地位を退くまで、対外的には経営室長という名称を用いて、債務者の実質的代表者として行動した。

4  債務者は、昭和五九年一一月二六日、債権者を、就業規則八四条八号、同条一二号及び八二条に該当するとして諭旨解雇(以下「本件諭旨解雇」という。)した。その理由は

(一) 債権者は、昭和五一年八月以降、債務者の液化プロパンガス(以下「LPガス」という。)供給取引先である有限会社カネタ商事(以下「カネタ商事」という。)から正当な理由のない金員の供与を受け、他方、債務者のガススタンド営業部門が多額の赤字を負担する状況に在るのをそのまま放置した。

(二) 南バイパス立退補償に関連し、当然賃貸人が負担すべき建物内装費等を債務者に負担させた。

の二点である。

5  しかし、右解雇理由にあたる事実はなく、本件諭旨解雇は無効である。

6  債権者は昭和五九年一一月分以降の給与の支払いを受けていないが、同月分から昭和六一年一〇月分までの債権者の受くべき給与及び一時金は以下のとおりである。

(一) 給与

(1) 昭和五九年一一月から同六〇年九月まで 毎月金二五万〇二一〇円

(2) 昭和六〇年一〇月から同六一年九月まで 毎月金二五万一三五〇円

(3) 昭和六一年一〇月 金二五万二四八〇円

(二) 一時金 金一〇六万五一二六円

右(一)、(二)の合計 金七〇八万六一一六円

7  債権者は、本件解雇後新たに結成された博多自動車労働組合組合員からのカンパ及び同組合からの借入れによって生活しているが、右組合員の負担にも限界があり、また、債権者は他に再就職することも困難である上、右組合等からの借入金を返済する必要に迫られており、本案判決の確定を待っていては著しい損害を蒙るおそれがある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1ないし4の各事実は認める。ただし、同3の事実中、運営委員会の権限については争う。同委員会は、特別な企画等につき、債権者に対し同意を与える機関にすぎない。

2  同5の主張は争う。

3  同6及び7の事実はいずれも否認する。

三  債務者の主張

債権者を本件諭旨解雇に付したのは以下の理由による。すなわち債権者には以下のとおりの事情があり、これらは、債務者の就業規則八四条八号(「会社の名義を利用し私利を図る行為があったとき」)、一二号(「故意又は重大な過失により………会社に損害を与えたとき」)の懲戒解雇事由に該当するので、債務者は同規則八二条に基づき本件諭旨解雇に付した。

1  カネタ商事との不相当取引及びリベート受取り(申請の理由4の解雇理由(一))

(一) カネタ商事は、債務者が事実上倒産した昭和四六年六月以後に設立されたものであるが、LPガス販売につき高圧ガス取締法による県知事の許可を受けていないにもかかわらず、LPガスを卸売業者から購入して債務者に転売していた。

(二) カネタ商事が右取引によってあげていた収益は年間約二〇〇〇万円に上るが、債務者にとってはLPガスを購入するのにカネタ商事を介する必要はなく、債務者内部でもカネタ商事を排して卸売業者から直接LPガスを購入すべきだとの意見が強かった。

ところが、カネタ商事は東洋技研産業株式会社(以下「東洋技研」という。)代表取締役でもある檜田正富(以下「檜田」という。)によって設立、経営されてきたものであるところ、債権者は檜田と近しい関係にあり、その後援を得ていたため、檜田の意を受けて、債務者内にあったカネタ商事を排除すべきとの意見を抑え、カネタ商事と債務者との取引を継続させた。このため債務者はカネタ商事に無用のマージンを支払い続けることになり、債務者LPガススタンド部門は多大の赤字を背負う結果になった。

(三) また、債権者は、カネタ商事と債務者との右の取引関係を擁護する見返りとして、カネタ商事から多額のリベートを受け取っていた。

2  東洋技研に対する不当な内装費支払いについて(申請の理由4の解雇理由(二))

(一) 債務者の社屋及びその敷地はもと債務者が所有していたが、昭和四六年の事実上の倒産に際し、当時債務者に対して債権を有していた前記東洋技研に譲渡され、爾後債務者は東洋技研から右社屋及び敷地を賃借して使用していた。

(二) ところが、昭和五三年ころ、右敷地の一部が福岡南バイパス建設用地として買収されることになった。これが実施されると、債務者としては現在地で営業を継続することが困難になるので、債務者内部には他の場所に移転すべきであるとの意見もあったが、昭和五三年六月の組合臨時大会において、現在地での営業継続を前提として東洋技研との右賃貸借を継続すべきことが決議され、債務者としては移転せずに営業を続ける方針を固めた。

(三) 昭和五六年に入って右買収が実施され、これに伴って、債務者及び東洋技研は、社屋を仮に移転することを前提に補償金の支払いを受けたが、債務者についてはその額は約六七八〇万円であった。しかし、その後東洋技研が隣接地を取得して債務者に賃貸することになったので、右仮移転は不要となり、右補償金を他の目的に使用しうることになった。

(四) ところが、債権者は、やはり檜田の意を受けて、そのころ東洋技研が行なった右社屋の改装費用の一部を債務者において負担することとし、右補償金の大部分を内装費の名目で東洋技研に支払った。しかし、右改装費用は本来賃貸人たる東洋技研が負担すべきものであるから、債権者は右支払いにより債務者に理由のない支出をさせて損害を与えたものである。

3  なお、債権者については、右1、2のほか、以下の事実があり、これらも就業規則八四条八号、同条一二号、八二条の諭旨解雇事由に該当する。

(一) 東洋技研に対する不当な利息支払い

東洋技研は、債務者に対する手形債権(金四〇〇万円)を第三者から譲り受け、昭和四六年一二月ころより債務者から月一〇万円の利息支払いを受けてきたが、債権者は、債務者代表者が昭和五五年末ころから倒産時の債務の整理を行っていたにもかかわらず、右利息が檜田の妻の小遣いになっているとの理由で右債務の整理をさせず、昭和五九年九月ころまで利息の支払いを続けさせて債務者に損害を与えた。

(二) 債務者経営の実権の不正取得

債権者は檜田の支援と庇護のもとに債務者に強要し、労働組合を籠絡して昭和五三年九月以降債務者現経営陣を排除して債務者経営の実権を取得した。すなわち、債権者が昭和五三年九月に債務者代表取締役の代表権行使について同意権を付与され、さらに同年一〇月に債務者の運営を一任されるに至ったのは、檜田が、債務者代表者らに対し、債権者に経営を委ねないならば前記社屋及び敷地の賃貸借を継続しないとしてこれを強要したからであり、またその賃貸借自体、債権者が、檜田の意をうけて、組合内の議論を誘導し、反対論を抑えて、昭和五三年六月の組合臨時大会で継続決議をさせたものである。さらに、債権者は、社内での自らの支持基盤を失うや、昭和六〇年三月、檜田とともに、債務者代表取締役に対し、土地・社屋の賃貸借契約を継続させるのと引換えに会社を譲るよう要求するなど、会社経営に関し悉く債務者現経営者と敵対してきたものであり、債務者がかような人物を諭旨解雇をもって放逐しうるのは理の当然である。

四  債務者の主張に対する認否及び反論

1  債務者の主張1(一)の事実は認める。

同1(二)前段の事実中、カネタ商事の収益は不知、その余の事実は否認する。カネタ商事は、債務者が倒産によって信用を失い、卸売業者から直接LPガスの供給を受けることが困難になったため設立されたものであり、債務者にとって必要な存在である。

後段の事実中檜田が現在カネタ商事を経営していること及び債務者LPガススタンド部門が赤字であることは認めその余の事実は否認する。

同1(三)の事実は否認する。

2  同2(一)ないし(三)の各事実は認める。

同2(四)のうち、債務者が東洋技研に対し、社屋内装費として一二八〇万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお右内装費の支払いは、組合大会、運営委員会、業務担当者会議において検討、決定の上なされたものであるから、その責任は債権者個人に帰すべきものではない。

3  同3(一)の事実は否認する。債務者は檜田個人に対し、債務者主張のとおりの金員を遅延損害金として支払ったものである。

同3(二)のうち、昭和六〇年三月に、債権者が檜田とともに債務者代表取締役に会ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三当裁判所の判断

一  申請の理由1ないし4の各事実は当事者間に争いがない(なお、本件疎明資料によれば、執行委員会は債務者の業務一般について債権者に承認を与える機関であったと認められる。)。

二  そこで、債務者の主張する本件諭旨解雇理由の存否につき判断する。

1  カネタ商事との不相当取引及びリベート受取りの主張について

(一) 債務者の主張1(一)の事実と、(二)のうち、檜田が現在カネタ商事を経営している事実及び債務者LPガススタンド部門が赤字である事実は当事者間に争いがないが、その余の事実についてはこれを疎明するに足りる証拠はない。むしろ本件疎明資料によれば、債務者は、事実上の倒産により信用を失い、LPガスを直接卸売業者から入手することが困難となったため、その供給を確保する目的の下に、東洋技研の出資を得てカネタ商事を設立したことが認められるのであって、この事実からすれば債務者がカネタ商事を介してLPガス取引を行うこと、この結果債務者のLPガス購入費は倒産前のそれを上回ることになることは当初から予定されていたことであり、これをもって就業規則八四条一二号にいう「故意又は重大な過失によって………会社に損害を与えたとき」に該当するものといえないことは明らかである。

(二) 同1(三)(債権者のリベート取得)の事実について判断するに、(証拠略)中債務者の主張に沿う部分は、いずれもあいまいな伝聞や憶測に過ぎないから採用し難く、他にこれを疎明するに至る証拠はない。

2  東洋技研に対する不当な内装費支払いの主張について

(一) 債務者の主張2(一)ないし(三)の各事実は当事者間に争いがない。

(二) 同2(四)の事実中、債務者社屋改装費用の一部(その額はさておき)を債務者が負担することとし、これを東洋技研に支払ったことは当事者間に争いがないが、しかし右費用を当然賃貸人たる東洋技研の負担とすべき根拠は必ずしも明らかでない許りか、仮に右費用が法的には本来債務者の負担する必要のないものであったとしても、右社屋はもともと債務者の所有していたものであり、所有権がのちに東洋技研に移転したとはいえ、その後も依然として債務者がこれを使用していた等当事者間に争いのない諸事情に照らせば、債務者が東洋技研との間で、右改装費用の一部を負担する合意をすることは、必ずしも不当のものと断ずることはできず、これをもって、前記就業規則八四条一二号「故意又は重大な過失によって………会社に損害を与えたとき」に該当するものとはいえない。

3  東洋技研に対する不当な利息支払いの主張について

本件疎明資料によれば、債務者が、その主張のとおり東洋技研に対して利息の支払いをしていたこと、右利息につき福岡地方裁判所昭和六〇年(ワ)第四四二号不当利得返還請求事件において、債務者からの利息過払いの主張が認められ、東洋技研に対し、金一〇二六万〇四七三円を債務者に支払うことを命ずる判決があったこと、がそれぞれ認められる。しかし、右判決によれば、元本債権の存在自体については争いがなく、また、右利息支払いの始まった昭和四六年ころには債権者は債務者の経営には直接関与していなかったことを併せ考えれば、右利息支払いを継続したからといって、ただちに、右支払いによる債務者の損害につき、債権者に対して「故意又は重大な過失」による責任を負荷するのは相当でない。この点について債務者は、昭和五五年末ころ、債務者代表者が事実上の倒産時からの債務整理をしていたにもかかわらず、債権者が右手形債務について整理を妨害したと主張するが、右事実を疎明するに足りる証拠はない。

4  債務者経営権の不正取得の主張について

当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、債務者の事実上の倒産ののちである昭和五〇年ころから債権者が債務者の財務を担当していたこと、昭和五三年六月の組合臨時大会において東洋技研との社屋及び敷地の賃貸借を継続する旨の決議がなされたこと、同年九月の債務者社員総会において債務者代表取締役の代表権行使につき債権者の同意を要するものとする決議がなされたこと、同年一〇月の組合大会決議によって債権者が債務者の運営を一任され、これについては債務者代表取締役も承諾していたこと、右同意権及び運営一任については、東洋技研及びカネタ商事の代表取締役である檜田が債務者に対してこれを強く求めており、檜田は、債権者への運営一任がされないときは、東洋技研と債務者との間の社屋及び敷地の賃貸借契約を継続しないと言明していたこと、以上の各事実が認められる。

しかしながら、右に認定の経緯の下に労働者が使用者たる企業の経営を掌握し、あるいは掌握しようとすること自体をもってこれを直ちに企業秩序を乱す行為と評価することはできず、従ってこれを懲戒ないし諭旨事由とすることができないのは当然であるから、結局、債務者の言わんとするところは、債権者が債務者の経営につき右のような重大な権限を取得するに際し、私利を図る等の不当な目的を有し、かつ不正な手段を用いたとして、これが就業規則八四条八号(「会社の名義を利用し私利を図る行為があったとき」)又は一二号(「故意又は重大な過失により………会社に損害を与えたとき」)に該当するという点にあるものとみるほかはないところ、本件においてそのような事実を疎明するに足りる証拠は全くない。すなわち、右の賃貸借継続が専ら檜田若しくは債権者の利を図り、又は債務者に損害を与えるものであったとは認め難く(移転した方が現在地に留まるより有利であったという事情も窺うことができない。)、また、右の組合決議及び総会決議にあたり、債権者がことさら欺罔その他不当な手段を弄したとも認められず、寧ろ債務者は、昭和五三年ころには倒産後の経営危機から一応脱していたものの、組合による経営管理の時期を終えていわゆる経営の正常化ができる状態には未だ立ち到っていなかったこと、債権者への運営一任及び代表権についての同意権付与につき、債務者内部にさしたる反対もなかったこと等、本件疎明資料によって認められる事実に照らせば、右一任及び同意権付与は、適正な手続のもとになされたものと推認される。

また、昭和五九年三月九日、福岡綜合法律事務所において、債権者、債務者代表取締役、檜田らが話合いの機会を持ったことは当事者間に争いがないが、その際、債権者らが債務者代表取締役に対し会社を譲るよう強要したとの事実については、これを疎明するに足りる証拠がない(〈証拠略〉には右主張に沿う部分があるが、〈証拠略〉に照らし、にわかに信用し難い。)。

五(ママ) 以上の認定によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件諭旨解雇はその理由を欠き、無効であるというほかはないから、当事者間の雇傭関係はいまだ終了していないものというべきである。

六 本件疎明資料によれば、申請の理由6の事実が認められる。

七 本件疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者は本件諭旨解雇後新たに結成された博多自動車労働組合等から約三〇〇万円を借り入れて生活費にあてていたこと、債権者が他に就職することは、その年齢、経歴等に照らして極めて困難である(現に職に就いていない)等の事実が認められる。しかし、他方、本件解雇からすでに二年以上が経過しており、その間債権者としても一応生活を維持していたと認められることに鑑みれば、前記賃金及び一時金につき、直ちに全額の支払いを必要とするとは認められず、本件疎明資料に現れた諸事情を総合すれば、返済の要のある借入金三〇〇万円の限度で保全の必要があるものと認めるのが相当である。

八 よって、債権者の本件申請は、主文第一、二項の限度で理由があるから保証を立てさせないで認容することとし、その余の部分については保全の必要がないからこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 倉吉敬 裁判官 久保田浩史)

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